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遠隔コミュニケーションの減少に思う

投稿|2024年04月21日  更新|


AAAI2024に参加しました.昨年に引き続き,遠隔参加です.

いきなり余談ですが,開催地がバンクーバーで,日本との時差が17時間.遠隔で参加しようとすると日本時間の朝の1時~11時にセッションが行われるので, なかなか全部を聴講するというわけにもいかなかったです.昔に比べて,夜を無理するということができなくなってきている気がします (学生の時は徹夜で課題をこなすとかできていたのになぁ).

さて,今回のAAAIで驚いたのは,遠隔参加者の少なさです. 全体の参加者が万を超えるのに対して,遠隔参加の登録者数は120人そこそこだったとか. 移動の制限がほとんどない状態では,学会での論文発表を聞くためだけに遠隔で参加するという人間は存外に少ないのだと感じ, 個人的に興味深かったです.学会というものが担っている役割のなかで, 研究者同士の生の交流機会の創出がなによりも重要であるということなのかもしれません. 異国の空気に触れるのも,学会の醍醐味ではありますしね.

日々の業務の中でも,遠隔での会議の割合が段々と小さくなっているのを感じます. もちろん,関係者が日本各地や海外にいる場合には,遠隔での打ち合わせになりますが, そうでない場合は,顔を突き合わせるようになってきています. コロナ禍で強制的に遠隔でのコミュニケーションに順応させられ,一旦はその能力を身に着けたかに思われる人類でしたが, それが必要とされない世界においても続くような変異をもたらすほどのものではなかったということなのでしょう.

コロナ禍によるコミュニケーションの遠隔化が思ったほど進まなかったのと同時に, それまでにあった”不要な”対面でのコミュニケーションも淘汰されたように感じます. 飲み会の文化は最たる例でしょう.アルハラの名のもとに逆風にさらされていた飲み会の文化は, コロナ禍での制限によって一度完全に潰えたと思われます.そして,制限が解除された今,頻度は元には戻っておらず, 2軒目3軒目というような流れも以前に比べて少なくなりました. ただし,そもそも飲み会はチームビルディングのためにあったはずです. 飲み会という手段を大きく削がれたとき,組織はどのようなチームビルディングの方法を取るべきなのか,それとも, チームビルディングは日々の業務のなかですること以外には必要としないのか,注目です.

コロナの影響が小さくなってきた現在,当時叫ばれていたような”新しい生活様式”に完全に移行するような革新的な変化はなく, かと言って,コロナ禍以前の在り方に完全に戻ったわけでもなく. 人間という社会的な動物にとって,コミュニケーションという本質的な行為が脅かされるのは危機的であり, 決定的な変化をもたらすはずだとだれもが感じていたにも関わらず, 実際のところは,時間とともに緩やかにその形態が変化する範疇に収まっている. コロナ禍を経験した人間である以上,コロナ禍がなかったときに今現在がどう在るはずだったのかという if にそもそも意味があるのかという気もしますが, そのような if は今の様子とさほど変わらないのだろうと思ってしまいます.

人間とはなんと冗長性の高い動物なのでしょうか.

田端祥太
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